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5月, 2023の投稿を表示しています

#今日のつぶやき vol.5

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  地元の近所の田植え風景。 実家は田舎。 電車はもちろん走っていない。 バスは1時間に2本だけ。 ほんとうに田舎なんだけど、さすがに手植えの風景は見ない。 手植えで稲を植えて生活ができていた時代のような、のんびりした時間の中で生きたいと、最近よく思う。 そして、せっかく自然豊かな地元に戻るから、つぎの仕事は「農業」か「林業」に携わりたい! とも、よく考える。 でも、重い物が持てるわけでもないし、肉体労働ができるわけでもないからね、、、 でもでも、何かできる仕事があるかもしれないから、年内に無事に引越が完了したら、「農業」か「林業」の仕事、直接ではなくても、なにかお手伝いができないか、探してみよっと (^。^)y-.。o○

#「夫婦の愛とは49日?!」いろはdeおしゃべり

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 「夫婦の愛は、相方が他界して、49日間、思いっ切り泣いて悲しんだら、悲しみから立ち直れる距離間がいい」と、人から聞いたことがある。 だから、仏教の49日の法要は、死別の悲しみとの区切りの日なんだと。 いったい、どんな距離なんだろうね?! 認知症の第一人者と言われている長谷川先生の本「ボケ日和」に、「 妻は夫を忘れ、夫は妻を忘れない」と。 「おっかあ、どこいった?」と、いつまでも探し続ける男性の認知症の方は多いけれど、「おっとう、どこ行った?」と、言い続ける女性の認知症の方は少ないんだとか。 長谷川先生曰く、男性は奥さんに尽くされることに慣れているからではないかと。 その反対に、ご主人に先立たれた奥さんは、解放されて、背中に羽が生えて開放的になる方が多いんだとか。 愛の国フランスには、「ワインと女房は古ければ古いほど味がある」という言葉があるけれど、 フランス人男性の認知症の方は、「Mon amour (モナ ムール / 恋人とか愛しい人の意)、どこ?」と言って、奥さんを探す人は、日本人男性より少ないのかな??? 独身主義ではないけれど、たぶん今世は生涯独身になると思う。 独り暮らしが長くなり、もう人に合わせて暮らすということが考えられないから。 だから、「夫婦の愛」というものを深く知るという体験は、ないんだろうな、、、 「夫婦の愛」というものを深く知ることはないかもしれないけれど、 「恋をしたいけれど、相手に出会わないと言う人は、恋の魅力をもとめすぎているのかもしれません。恋に落ちた後には、もっと長い試練の時期が控えているのに。」 という、アメリカの絵本作家の亡きターシャ・テューダーの言葉が、結婚にも当てはまるんじゃないかなと思っている。 寝食を共にして育つ愛、、、 49日で別離の悲しみから立ち直れる愛、、、 いったい、どんな愛なのかな?! ずっと独身で生きてきたから、「夫婦の愛とは〇〇です」と、話せる体験がないから、今日のおしゃべりはこれで終わることにした (^^)

#「物忘れ」いろはdeおしゃべり

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固有名詞が覚えられない (-_-) 固有名詞が出てこない (-_-) さらに、じぶんの言ったことを確認するように、もう一度同じことを言う回数が増えている。 わたしの脳、大丈夫かなと、最近ときどき思う (-_-) ある程度、年を取れば、固有名詞が出てこないのは、いいんだって。 たとえば、芸能人の名前が出てこないのも、覚えられないのも、別にいいんだって。 人は、「今、生きる」のに不要なものから忘れていくから。 だから、固有名詞を忘れるのは、まだまだいいんだって。 そのうち、普通名詞を忘れるようになるんだって。 普通名詞を忘れるということは、ものの存在価値が分からなくなること。 スマホが、電話をかけたり、Lineをしたり、何か調べるために便利な物という、なにに使われるものかも思い出せなくなることが、認知症になるとあるらしい。 普通名詞を忘れるって、怖い、、、 でも、その普通名詞を忘れるころには、スマホも必要じゃなくなる年齢なんだろうね、きっと。 まだ普通名詞を忘れているということはない。 うん、ないはず?! だから、わたし、まだまだ大丈夫なのかな?! 脳は、要らない物から忘れる! だから、物忘れするたびに、「わたし、大丈夫?!」と、心配しなくてもいいんだと。 心配はしなくてもいいけど、日常や人間関係に支障をきたさないように、メモ魔にはなろっと (^。^)y-.。o○

#「2種類の愛」いろはdeおしゃべり

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 愛にもいろいろある。 家族愛、親子愛、兄弟愛、恋愛、友愛、師弟愛と、いろいろな関係性のいろいろな愛の形がある。 憎しみもまた愛のひとつの形。 マザー・テレサが、「愛の反対は憎しみではなく無関心」と。 憎しみはまだ相手に関心があるということだから、愛の反対ではないと。 そんな色々な形がある愛の中に、2種類の「Yesの愛」と「Noの愛」がある。 「Yesの愛」の愛は表現しやすい。 相手に感謝を伝えたり、共感したり、応援したりすれば表現できるから。 でも、「Noの愛」の愛を表現するのは難しい。 「No」と言って、嫌われたり、見捨てられたり、拒絶されたりするのが怖いから。 表現するのが怖いと思う「Noの愛」、タイミングよく上手に表現できるようになれるといいなぁ (^。^)y-.。o○

#「選択」じぶんという学校

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選択をするのを怖いと思うことがある。 選択をするときに迷うことがある。 あの体験とこの体験を同時にすることができないから。 なかなか選択できなくて、ときどき " タラレバ " で、頭の中がグルグルすることもある。 グルグルしている自分に気がついたら、そのループから抜け出して、まずは「ほんとうはどうしたいのか?」と考える。 じぶんの本音を、じぶんがほんとうにしたいことは何なのかに、想いを馳せてみる。 即決しなくてもいい大きい事柄や、重大なことは、寝かし置きをしながら決める。 どうしようとアレコレと考え、また別の時間や別の日にアレコレと考えて、時間をかけて決める。 選択をして動き始めたら、「" アレ " と " コレ "」の体験を満喫する。 コレ!と決めたことを、泣いたり笑ったりしながら体験をする。 アレを選択しないで、コレ!と決めた体験を満喫する。 じぶんで選択をするのが怖くて、占いや誰かに決めてもらいたくなることもあるけれど、じぶんの人生だから、じぶんで決める。 じぶんで決めて、動く。 たくさんの失敗をして、そのたくさんの失敗から学びながら、、、 ~ ▲ 過去ブログ ▼ ~ #占いを信じる? 信じない? ガチャ感覚で楽しんでいる? ~ ▲ Memo ▼ ~ 「タラレバ」とは? 「もし○○していたら 」とか、「もし○○していれば 」という仮定の話をともなう 主張 ・ 願望 ・ 後悔 ・ 議論 ・ 批判 などを意味する。

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